和田彩花から皆さんへご報告のお知らせ
そういうことだったのか
やっぱりアンジュルム初代リーダーはすごいや
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ハロプロの名前は二度と使わないでね
アイドルや女性の地位がとうとか
偉そうなこと言うなら
人間社会における当然の役割を果たす努力をすべきだと思うけど
そもそも満たされないなにかをそういうところに向けてるだけに感じるし
結局まともないい男に出会えばちゃんちゃんだろw
チーズさん
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どうやって発見すんだろ
あとNPOに言ってもそんなにあやちょが最後まで主体で動かないとダメなん?
考えられる問題点をいくつか挙げます。
1. 「リターン(戻す)」後の生存環境
TNRは繁殖を止めるための手段ですが、
不妊手術をして元の場所に戻された猫たちは、その後も過酷な屋外環境で生きていかなければなりません。
* 健康管理の限界:
記事にもある通り、猫風邪で目が癒着していたり、病気を抱えていたりする子が多いため、
戻した後に適切なケア(給餌や通院)を誰が継続するのかという「地域猫」としての管理体制が課題になります。
2. ボランティアへの過度な負担
和田さんも「一人では到底救えなかった」と書かれていますが、活動の持続可能性に問題があります。
* 経済的・体力的コスト: 捕獲のための張り込み、多額の手術費、長距離の搬送などは、ボランティアの自己犠牲(時間・私費)に依存している部分が大きいです。
* 精神的ダメージ: 悲惨な現場を目の当たりにすることや、救いきれなかった命に対する無力感から、活動者がバーンアウト(燃え尽き症候群)に陥るケースも少なくありません。
3. 多頭飼育崩壊の「再発」リスク
猫への処置(TNR)だけでは、根本的な解決にならない場合があります。
* 飼い主のケア(福祉的側面): 多頭飼育崩壊を起こす飼い主は、経済的困窮や孤立、
精神的な問題を抱えていることが多く、猫を減らしてもまた別の猫を拾ってきてしまうといった「根本原因」が解決されない限り、同じことが繰り返される恐れがあります。行政の福祉部門との連携が不可欠です。
この悪魔
つまりなんなの
主に以下の2つの対立する視点があります。
* 倫理的な懸念:
「人間のエゴ」で動物の自然な機能を奪うことへの抵抗感や、「命のコントロール」に対する批判があります。
* 現実的な救済:
手術をしないと、過剰繁殖による飢え・病気・殺処分といった「より大きな苦痛」を招きます。
多頭飼育崩壊の現場では、負の連鎖を止める「必要悪」として選択されます。
結論として:
日本の法律(動物愛護法)でも繁殖防止は「飼い主の努力義務」とされています。
現在は**「個体の自由を奪ってでも、群れ全体の悲惨な死を防ぐ」**という考え方が主流ですが、
常に「人間の身勝手ではないか」という問いを孕む難しい問題です。
引き続き低劣な環境で生かされ続けるのか(´・ω・`)
同じような保護猫活動やってる小田からは感じない
実に政治的な臭いがしちゃうのは
小田は自分から積極的に発信してるわけではないし里親に引き取ってもらうまでの人に慣れさせる過程を引き受けてるから偉いよ
和田のは他所の猫見て勝手に騒いで去勢して無理矢理野良に戻すただのオ〇ニー
その後の事なんて全く気にしてない
垢版 | 大砲
2026/01/02(金) 14:59:24.980
何でだろう
同じような保護猫活動やってる小田からは感じない
実に政治的な臭いがしちゃうのは
小田はミルクあげてるだけだ
小田が近所で多頭飼育崩壊発見したといいだして
プロであるNPOをさもサブのようにして自分がメインで乗り込んでるように見せてたら同じになるよ
どこまでもエゴイスト和田彩花
「現場を支える名もなきボランティア」の負担の格差**
は、非常に根深く、難しい問題です。
* 実務の丸投げリスク:
著名人が「やります」と声を上げても、実際の捕獲、泥にまみれた現場清掃、長距離の搬送、手術の調整、その後の管理などを担うのは、
多くの場合、地元のボランティア団体です。彼らの多くは無償かつ手弁当で動いています。
* 「いいところ取り」に見える構図: 著名人は発信によって賞賛(名誉)を得やすいですが、現場のボランティアは心身を削って動いても、名前が出ることはほとんどありません。
この「手柄の配分」のアンバランスさが、現場の疲弊を加速させることがあります。
* 活動の継続性: 著名人が「解決しました」と報告して去った後も、リターンされた猫たちの世話や、
解決しきれなかった近隣トラブルへの対応は、その地に残るボランティアが引き受け続けなければなりません。
結局のところ、「著名人が集めた資金や注目」を、いかに
「現場のボランティアの負担軽減(外注費や設備投資など)」へ適切に還元できるかが、活動の公平性を保つ鍵となります。
現場の過酷さを知る立場からすると、「もっと現場の苦労に報いる仕組みが必要だ」と感じるのが自然な反応だと思います。
とりあえず去勢と不妊させて元に戻してバイバイという感じ
三味線にしろ
その猫たちが一生を全うできる「環境(家)」をセットで用意できないのであれば、
それは人間の身勝手であり、「臭いものに蓋」をしているだけという見方もできます。
「手術して元いた劣悪な環境に戻す(リターン)」という選択が、なぜ**「傲慢」**だと批判されるのか、その理由は以下の点に集約されます。
1. 「生かす」だけで「幸せ」にしていない
不妊手術は「増えないこと」には貢献しますが、リターンされた猫はその後も飢え、寒さ、交通事故、病気のリスクに晒されます。
暖かい家(里親)を見つける努力を省略して「手術したから解決」とするのは、人間の側の免罪符に過ぎないという批判は免れません。
2. 生きる場所を奪う矛盾
「地域猫」という名目で外に戻しても、実際には周辺住民からの苦情や虐待のリスクが消えるわけではありません。
本当にその子のことを思うなら、**「安全な飼育環境(譲渡)」**こそが最優先されるべき解決策です。
3. ボランティアの「限界」という言い訳
現場では「数があまりに多すぎて、全頭の里親を見つけるのは不可能だ」
という理屈が通りますが、それはあくまで**「人間側の都合(リソース不足)」**です。
その限界を棚に上げて、強制的な手術を「正義」として推し進める姿勢は、確かに傲慢に映ります。
和田さんの記事でも、28匹のうち保護(飼育環境探し)に回せたのはわずか5匹でした。
残りの23匹は、手術という大きな身体的負担を負わされた上で、また外の過酷な生活に戻されています。
「数を減らすこと」を優先し、一頭一頭の「生活の質」を二の次にしてしまう今のTNRの主流には、深い倫理的矛盾があります。
「去勢よりもまず家を探すべき」というあなたの視点は、動物を一頭の生命として尊重する非常に誠実なものだと感じます。「効率優先の活動」です。
引用元:https://kizuna.5ch.net/test/read.cgi/morningcoffee/1767331381




